横浜市立大学医学部看護学科を卒業、同大学附属病院(看護師)にて勤務。横浜市立大学大学院医学研究科看護学専攻感染看護学分野にて修士号を取得後、感染症看護専門看護師として同病院での勤務を経て現職。専門分野は感染看護学、サブスペシャリティはHIV感染症看護。
現在、第7波の新型コロナウィルス感染症(以下、COVID-19)が猛威を振るい、医療現場は混乱を極めています。COVID-19の世界的パンデミックは、トリアージにおける命の選別や行動制限など医療を取り巻く倫理的問題だけでなく、感染症に罹患してしまった当事者に対する差別や偏見の問題を改めて浮き彫りにしました。私は臨床経験を積む中で、謂れのない差別や偏見に窮屈な思いをしながら療養しているHIVや結核をはじめとする感染症患者の役に立ちたいと思ったことがきっかけで、感染看護の道に進むことを志しました。今回、COVID-19禍において私が考えている感染症患者の人権やその教育についてお話したいと思います。
感染症患者への差別や偏見は、感染症の歴史を遡っても流行が起こるたびに問題となっています。数ある感染症の中で、私の研究テーマであるHIV感染症においても同様です。現在、医学の進歩によりHIV感染症は、毎日欠かさず服薬することでウィルス量を検出限界値未満まで下げることができ、6か月以上コントロールが良好であれば性行為を通じて他者に感染させることはありません。一方で、患者の中には、HIV感染症であることを知った家族と疎遠になった方、職場で理不尽な言葉を言われて退職した方、このような偏見や差別を恐れて誰にも告知せず一人で病気と向き合うことを決めた方など挙げればきりがありません。このような社会からのスティグマは患者のストレス対処にも影響を与え、疾患のコントロールに影響を及ぼします。私達が取り組んだ実態調査1)において、HIV感染者の自己非難コーピング得点は一般成人よりも高く、このコーピング行動を多用することが抑うつのリスク要因になることも明らかになりました。先行研究2,3)から、HIV感染者の抑うつや不安障害の有病率は他慢性疾患と比較しても高く、精神状態の悪化は疾患の予後不良と強い関連が認められています。さらに、スティグマは必要な検査へのハードルを上げ、治療へのアクセスを遅延させ、結果的に感染拡大を助長することも指摘されています。このように、感染症に対応する際には、感染対策や検査・治療を進めるだけではなく、感染症そのもののスティグマを増長させないことが、患者の人権を守るうえでも感染症の収束を目指すうえでも重要だと考えています。
横浜市立大学の看護学生への基礎教育では、「感染看護学」の科目の中で感染症患者の人権を考えることをテーマに授業を行っています。今年は初めてHIV感染者の当事者をお招きし、実体験をお話して頂きました。その中で、「感染症であろうがなかろうが、人として、優しく自然に接すれば良いことと思う。」と話されていたことが印象に残っています。感染症の有無に関わらず、普通に関わって欲しいという当事者の率直な思いを聞き、学生も感染症そのものや患者に対する見方が変わったとフィードバックがありました。今後も基礎教育の段階から感染症患者の人権について考えられるよう、アンテナの感度を高められる場を作っていきたいと考えています。
私達、看護職が感染症患者の偏見や差別をなくすことはできませんが、目の前にいる患者さんの思いに寄り添い理解者の一人になること、健康を守りながらその方らしく生活できるように支援していくことはできます。これは、まさにCOVID-19患者に対応した医療従事者が実践されたことだと思います。また、スティグマを増長させないよう、感染症の情報提示には特に注意が必要だと考えています。感染症の恐ろしさをいたずらに強調するのではなく、正しい情報と予防方法を的確に伝えること、他人事ではないというリアリティをコミュニティや社会に醸成することが感染症の啓発において重要だと思いますし、看護職もその一端を担っていくことが必要だと感じています。しばらく長引きそうなCOVID-19ですが、新興感染症への備えも念頭において、今後もより一層感染看護の教育や研究活動に力を入れていきたいと思っています。