202206

成人看護学領域は若手教員で構成されています。
右から2番目の方が加藤先生です。

信州大学医学部保健学科看護学専攻
加藤 茜

2013年山口大学大学院医学系研究科保健学専攻博士前期課程修了
2014年急性・重症患者看護専門看護師 取得
2020年信州大学医学部保健学科看護学専攻 助教
2022年東北大学大学院医学系研究科保健学専攻博士後期課程修了(看護学博士)

誰もが一人の人間として大切にされる
救急看護の確立を目指して

 皆さん、初めまして。今回このような貴重な機会をいただきましたので、私が現在研究として取り組んでいる【救急看護領域におけるフォレンジック看護】についてお話させていただきます。まずは、救命救急センターに新人看護師として配属されるまで触法者や犯罪被害者に接したことはおろか、自分の人生で接することになるとは考えもしなかった私が【救急看護領域におけるフォレンジック看護】の問題に向き合っていくきっかけとなった出来事をご紹介したいと思います。
 それは、救急外来の初療担当として独り立ちした看護師3年目の夜勤でのことでした。その晩、私は初めて緊急手術を要する程の性暴力被害者(女性)を担当することになりました。私は同じ女性として被害に遭った女性を気の毒に思いながらも、何をしたらよいのか、どう声を掛けたらよいのかわからず、これから行うことや入院の流れを伝えていくだけで精一杯でした。そのような中、一緒に初療を担当していた大ベテラン看護師が私と二人きりになった場で「可哀そうだけど、自業自得だよね。」とこっそり囁いたのです。先輩が発した被害女性に対する非難は後にも先にもその一言だけでしたし、被害女性に対する先輩の態度はとても丁寧でした。ですから、てっきり先輩は私と同じように被害女性を“理不尽に暴力の被害を受けた女性”と捉えているのだと思いこんでおり、まさか暴力被害を「被害者の落ち度」と考えているとは考えもしませんでした。先輩の一言はとてもショックでしたし、同時に、被害を受けた側に帰責を求めるその思考プロセスが不思議でなりませんでした。この一夜の出来事をきっかけに、触法患者や犯罪被害者に対する医療者の先入観や偏見の問題に関心を持つようになりました。
 ところで、皆さんは“フォレンジック看護”という言葉を耳にしたことがありますか?フォレンジック看護とは、あらゆる形態の暴力被害が深刻なアメリカ合衆国で発展した看護の一領域であり、「何らかの傷害や暴力に関連した急性および長期の健康被害を経験している患者、および(または)立証はできないものの被害を受けた、または加害を告発された患者に提供される専門的なケア」1)とされます。世界の中でもトップレベルの治安の良さを誇る2)この日本において、どの程度フォレンジック看護が必要であるのか疑問視される方がいるかもしれません。しかしながら、2020年における暴行被害27,637件、傷害被害18,963件、強制性交1,332件、強制猥褻4,154件3)であり、この日本においても決して少なくない人々が何らかの暴力被害に遭っている現実があります。とりわけ、今般の新型コロナウイルスの蔓延に伴う社会活動・社会サービスの制限の影響により、2020年度の配偶者暴力の相談件数は約19万件に達し、前年の1.6倍となっています4)。このような背景もあり、日本においてもフォレンジック看護の必要性が年々高まっています。
 触法者や犯罪被害者に看護師が関わる可能性はあらゆる領域にあり、須らく適切なケアの提供が求められます。その中でもとりわけ、対象者が身体的にも精神的にも深刻な危機に直面している救急領域においては、より専門的で適切なケアが求められます。そのため、救急看護師が個人的な価値観や信条を乗り越え、救急看護のプロフェッショナルとして適切なケアを提供していくための教育やシステム構築を探求していくことは意義深いと考えます。まだまだ道のりは長いですが、全国調査によりこの問題を“問題”と捉えている救急看護師は全国にいるということがわかり、とても心強く感じています。
 対象者自身が危機的状況に置かれている救急領域だからこそ、『女だから…』『男のくせに…』『加害者だから…』などの患者の背景や属性に関係なく、一人の人間として大切にされ、適切なケアが受けられるようになることを願って止みません。

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