最後の実習に向かう学部生とともに。
最前列中央が石橋先生です。
福岡大学看護専門学校卒業後、福岡大学病院、済生会熊本病院などで看護師として勤務しながら人間総合科学大学を卒業(人間科学学士、看護学士)し、佐賀大学大学院医学系研究科看護学専攻修了(看護学修士)。2008年福岡大学医学部看護学科に助手として入職。2020年国際医療福祉大学福岡看護学部に入職後、2021年移管に伴い福岡国際医療福祉大学看護学部にて現職。
私は、臨床経験と基礎看護教育の経験の中で、新人看護師や学生に自立した人として成長してほしいという思いがあります。現代の学生は、デジタル環境の中で学習し社会性を学び、価値観や個性を確立している特徴があります。2020年文部科学省は、大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)を提示しました1)。ICT活用は、知識や技術を習得するために効果的な教育であることが明らかになっており、看護教育においてもICTを活用した教育やシミュレーターを活用した演習が取り入れられています。
私は、10年前にシミュレーション教育に出会い、臨床を疑似体験できる教育に感銘を受け、ハワイ大学の看護学部やSimTikiシミュレーションセンターで研修を受けました。シミュレーション教育は、技術の習得だけでなく、専門職者としての態度や倫理観も習得できます。看護師は、患者や家族の反応を見て専門的な知識をもってアセスメントして判断し実践につなげる必要があります。そのためには、言葉の奥に隠された感情までも推察しなければなりません。
2020年度、新型コロナウイルスにより臨地実習が制限され、学生は、臨地での実習を経験せず看護師として就職する不安や学習の機会を失った失望感を抱いていました。そこで私は、急性期看護学を中心に学内での実習を構築するうえで、臨地実習では経験できない内容を組み込み、学生の経験値を増やすことにしました。その一つとして、劇団員を模擬患者とした術前看護(インフォームド・コンセント)シミュレーションです。劇団員は、人間観察力に優れ、本物の患者のように振る舞うことができます。学生も、初めて会う患者役・家族役に緊張を感じながら臨場感のある環境に引き込まれていました。緊急事態宣言により数回は遠隔学習となりましたが、学生は鬼気迫る表情や言動に必死で対峙していました。この時学生は、「術前の不安とか知識はあったけど怒りの感情は予測できなかった」「患者さんが辛そうでどんな声をかければいいかわからない」といった感情に対する看護について悩みながら学びを深めていきました。
看護学は、体験や経験によって共感することや相手の身になって考えることで価値観を共有する感性の育成を強化することも重要であると考えています。松下幸之助は自身の著書にて、「“人情の機微”という言葉は、ほんの些細なことで、うれしくなったり、悲しくなったり、あるいは怒りを感じたり、また大きくふくらんだり、しぼんでしまったり、機微に動くのが人の心だ」と記しています2)。患者を目の前にして看護を行うとき、知識と五感を使って判断します。それは、データとしてではなく看護のフィルターを通して感じる感性から判断することであり、看護の重要な臨床判断であると思います。また、学生同士でディスカッションすることは、不足した知識や情報をパッチワークのようにつなぎ合わせて、よりよい看護を導き出せる充実感をもたらします。授業で学んだ知識を実践へと発展させる発問は重要であり、その発問こそが学生の思考をいざなう教育力と思います。可視化できない感性をどのようにして育てていくのかは今後の課題であり研究テーマでもあります。物事の本質をとらえる思考力、洞察力、推察力は、人と関わる中で育成されます。SNSの発達やAI化による思考力の低下が、人の心の移り変わりに鈍化しないように思考と感性を巡らせた人間力を高めていく教育を目指していきたいと考えています。