ナイチンゲールは統計学者でもあります!
(撮影:2013年ロンドン)
「臨床と研究の橋渡し」をモットーに活動しています。東京大学大学院医学系研究科健康科学看護学専攻・修士課程(疫学・生物統計学)修了。東京大学医学部附属病院(看護師)、NPO法人日本臨床研究支援ユニット、東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座を経て現職。2019年度より文部科学省 高等教育局 医学教育課 技術参与 併任。
今回は私が日頃の授業や研究活動で取り組んでいる「根拠に基づく実践」の教育についてご紹介します。
昨今、医学をはじめ、政策、保育、教育など様々な場面で「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が聞かれるようになりました。医療における「根拠に基づく実践」とは、患者の価値に、医療者の経験、根拠を統合し、患者が置かれている環境(利用可能な資源)をふまえて、最善の医療を行おうという考え方です1)。とくに「根拠」は、様々なものがありますが、その中でも「研究結果から得られる“科学的根拠”」も、重要となります。このような「根拠に基づく実践」は医師だけでなく、ケアの質改善のために看護師にも必要な行動指針として知られ2)、「科学的根拠」という言葉も浸透してきました。しかし、その一方で、看護学生を対象とした「根拠に基づく実践」の教育はまだ十分に確立されていないことが、報告されています3)。
私が看護学部1年生で担当している「看護情報学」という科目では、「根拠に基づく実践」の要素の1つである「科学的根拠」を理解するための授業を行っています。看護師として働いていると、「もっといいケアがあるのではないか」という悩みや疑問にぶつかることがあります。いま行っているケアが適切かを問い直し、そして研究論文を探して研究結果を紐解くことで、よりよいケアのために必要な情報を取捨選択していきます。そのために必要な知識・スキルを習得するために、当校の授業では、文献検索や研究方法の講義・演習に加えて、アンケート調査演習や、エビデンスレベルが高いとされるランダム化比較試験に参加してみる演習など、様々なアクティブ・ラーニング形式の学習法を取り入れています。
そして、根拠に基づく実践を行ううえでは、「患者や家族が治療法や自身の生活を選択する過程で、どのように“根拠”と向き合っているのか」を理解することも欠かせません。例えば患者は、医師から科学的根拠に基づいて推奨されている治療法を提案された場合でも、治療後に予測される生活への影響などから、その治療を受けるのがよいのか悩む場面も多々あります。またふだんの生活の中で、科学的根拠が弱い可能性がある民間療法を取り入れている場合や、周囲からそういった方法を薦められることもあります。このような患者の経験は、「患者の語り」としてDIPEx Japan4)というデータベースに蓄積されており、授業では、「患者の語り」の動画を通して、患者・家族の価値観やその個別性・多様性について学ぶ機会も取り入れています。
また私自身の研究でも、「臨床看護師の科学的根拠に基づく実践」のための学びの場を作る取り組みを行っています5)。例えば、「科学的根拠に基づく実践のために文献を読んでみよう!」というワークショップを開催し、看護師のバックグラウンドを持つ方々にワークショップにご協力頂きながら、私も共に学んでいます。これまでに、同じ地域で活動する看護師仲間、同じ病棟の看護師の有志、認定看護師・専門看護師の仲間、大学院のゼミ仲間といった方々にご参加頂きました。今後は、このワークショップの効果を明らかにしていくとともに、誰でもワークショップを企画できるよう、教育教材のパッケージ化などを計画しています。
現場の第一線で「もっといいケアを」と願い活動している臨床看護師の方々に、国内外で行われている研究結果が役に立ち、その結果、患者の生活の質が改善され、患者と共に看護師自身も笑顔になれる―そのために研究・教育に携わる立場だからこそできることを、今後も取り組んでいきたいと思っています。